Bible Story
天の玉座の幻視
その日、パトモス島の岩肌は、いつもより冷たく湿っているように感じられた。ヨハネは洞窟の入口近くに腰を下ろし、遠く地中海の鉛色のうねりをぼんやりと眺めていた。齢を...
その日、パトモス島の岩肌は、いつもより冷たく湿っているように感じられた。ヨハネは洞窟の入口近くに腰を下ろし、遠く地中海の鉛色のうねりをぼんやりと眺めていた。齢を重ねた身体には、かつてないほどの疲労が染みついている。信仰のゆえに味わった数々の艱難、そしてこの孤島での孤独な日々が、彼の骨の髄までを重くしていた。祈りの言葉も、今日はただ唇の中でかすれるばかり。彼は目を閉じた。
その時だった。耳の奥底で、ある一つの声が響いた。それは雷鳴のような轟きでもなく、またささやくような微かな声でもなかった。むしろ、それらすべてを含みながら、それを超えた何か――過去、現在、未来を一瞬で貫く、鋭いが優しい召命の声であった。
「ここに上れ。この後、必ず起こることをあなたに示そう。」
目を見開くと、洞窟の粗い岩壁も、外の海の景色も、すべてが溶けていた。彼の意識は、ある「入口」へと、否応なく引き寄せられていく。身体という感覚が消え、ただ「見る者」としての一点の覚知だけが残った。そして、一瞬の隙間のような闇を経て、彼はそこに立っていた。
言うまでもなく、それは地上ではなかった。足元という概念そのものが揺らぎ、そこには透明な水晶に似た、しかし水晶をはるかに超える何かが広がっている。それは海のようでもあり、同時に天空のようでもあった。そしてその中央に、彼は玉座を見た。
玉座。その言葉ですべてを言い表すのは、あまりにも無力だった。それは存在そのものの中心であり、栄光と威厾の根源であった。玉座に座っておられる方の姿を、色や形で語ることはできない。ただ、宝石がさまざまな光を放つように、翡翠のようにも見え、同時に赤い瑪瑙の輝きも湛えているという、そういう逆説的な印象だけが、ヨハネの魂に焼きついた。玉座の周りには、虹がかかっていた。エメラルドのように緑深い虹。それは約束のしるしであり、裁きの座が慈しみに包まれていることを示していた。
玉座を囲むように、二十四の座があった。そこには二十四人の長老が白い衣をまとい、金の冠を頭に戴いて座していた。彼らの顔には深い知恵と静かな敬意が刻まれており、時おり互いに視線を交わすが、その瞳の焦点の大半は、常に中央の玉座に据えられていた。彼らは不動のように見えたが、その内側には、玉座の前で燃える七つのともしびの炎のように、純粋な礼拝の熱情がたぎっていた。
玉座からは、いなずまと雷鳴のような響きが発せられ、そして轟音が絶え間なく起こっていた。ヨハネは、かつてシナイ山で民が恐れたあの神の顕現を思い起こした。しかしここには、恐れだけではない。その轟きは、あらゆる被造物の根源的な賛美であり、天地を成す根源の力の鼓動そのものに聞こえた。玉座の前では、七つの御霊が、ともしびのように燃えている。その炎は一つでありながら七つであり、全地を行き巡る神の知恵と洞察の光そのものだった。
そして、玉座の前は、再び水晶のようであり、同時に海のようであった空間は、四つの生き物によって囲まれていた。彼らは玉座のすぐ傍らにいて、昼も夜もなく、その存在を以て玉座を讃えている。
第一の生き物は獅子のようであり、その眼光には被造世界の王者としての気高さがあった。第二は若い雄牛のようで、揺るぎない勤勉と力を感じさせた。第三の顔は人間のもので、そこには理性と慈愛の深みがあった。第四は飛ぶ鷲のようで、高く遠くを見通す鋭い洞察を象徴しているようだ。それぞれの生き物は六つの翼を持ち、その内側の二枚で顔を覆い、外側の二枚で飛翔の態を表し、残る二枚で身体を包んでいる。それは、神の栄光の直撃から自らを守りつつ、それでも全身全霊で奉仕する、畏れと愛の象徴的な姿だった。
彼らの賛美は、空間を満たす轟音とはまた違う、秩序ある調べとして響いた。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
全能者にして主なる神。
昔いまし、今いまし、やがて来たるべき者。」
彼らがこう歌い、栄光と誉れと感謝とを、永遠に生きておられる方に帰する時、二十四の座に着いていた長老たちは立ち上がる。彼らは玉座に座っておられる方の前にひれ伏し、自分たちの頭の金の冠を解き、玉座の前に置く。それは、すべての栄冠の源泉がどこにあるかを、静かに、しかし力強く宣言する行為だった。そして長老たちも声を合わせて歌う。
「われらの主、われらの神よ。
あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。
あなたは万物を造られました。
御心によって、万物は存在し、また造られたのであります。」
その賛美の声々が、玉座の轟音と、生き物たちの「聖なるかな」の叫びと、七つのともしびの燃える音と、水晶の海のような空間のひびきと一つになって、一つの巨大な、しかし調和した響きとなって、ヨハネの存在全体を揺さぶった。彼はもはや、何を見ているのか、何を聞いているのかを分析できない。ただ、その場に「在ること」自体が、最大の礼拝であることを骨身に沁みて感じ取っていた。そこには、教会の地上の労苦も、ローマの迫害の現実も、この身の老いと痛みも、すべてがこの栄光の前では小さな一コマにすぎないという、圧倒的な確信があった。しかしその確信は、彼を無力にするものではなく、かえって、そのすべての現実の只中で、この玉座が今も変わらず存在していることへの、深い慰めと確かな希望として迫ってきた。
やがて、視界がぼやけ始めた。水晶の海、玉座の光、二十四の白い衣、生き物たちの輪郭が、ゆっくりと霧の中に溶けていく。最後まで耳に残ったのは、あの「聖なるかな」の響きの余韻だった。
ふと、頬に冷たいものが触れた。パトモス島の潮風だった。彼はまた、硬い岩の上に座る自分の老いた体に戻っていた。膝は痛み、背中はこわばっている。しかし、魂の深みは、まるで温かい油が注がれたかのように、驚くほどの安らぎと確かさで満たされていた。西の空には、夕日が沈みかけ、現実の海が黄金色に染まっている。
彼はゆっくりと立ち上がり、洞窟の奥へと歩みを進めた。そこには、書き記すべきものがあった。今見たこと、聞いたことを、すべて。それは単なる幻ではない。やがて来るべき現実の、確かな序幕だった。彼の手は、まだ微かに震えていた。震えは、畏れから来るものではなかった。今、この手で羊皮紙に記そうとする言葉の途方もない重みと、その栄光に、身体が自然と反応しているのである。インク壺の蓋を開ける音が、洞窟にこだました。彼は深く息を吸い、先の尖った葦のペンを握った。最初の一文字が、羊皮紙の上に、確かな線として刻まれ始める。
『その後、私は天に一つの開いた門があるのを見た。』